【親の転院当日】療養病院への転院と新しい生活の準備
こんにちは。秋山紅葉です。
今日もこの小さな記録の場所に立ち寄ってくださり、本当にありがとうございます。
2026年2月2日(月曜日)。
それぞれの暮らしを抱えながら過ごす毎日の中で、こうしてここでつながれていることを、静かにありがたく思っています。
【今日のテーマ:介護】
今日は、
- ① 受け入れが決まった電話
- ② 主人と義母にお願いした転院の日
- ③ 新しい生活の準備
この3つを、今の私の気持ちとともに綴っていきます。
2026年1月28日(水曜日)には、母の転院を決めた日のことを書きました。
父がお世話になった病院へ相談し、受け入れていただけるかどうか返事を待っていました。
もし受け入れてもらえなかったらどうしよう。
在宅介護は難しいと思っていましたし、他にどんな療養病院があるのかもほとんど知りませんでした。
施設を探すことになったとしても、すぐに見つかるとは限りません。
退院の日までに間に合うのかという不安もありました。
見学や手続きが必要になれば、仕事を休まなければならなかったと思います。
だから受け入れの連絡をいただいたときは、本当に安心しました。
これで少し落ち着ける。
そのときは、そんなふうに思っていました。
でも実際には、そこから新しい準備が始まりました。
一つ終わったと思うと、また次の準備がありました。
今振り返ると、あの頃は安心と慌ただしさが同時にやってきていたように思います。
まずは①から振り返ります。
① 受け入れが決まった電話

母の転院先として相談したのは、父がお世話になったことのある病院でした。
父は入院するたびにリハビリのために転院していました。
そして歩けるようになって、自宅へ戻ってきました。
私はその姿を何度も見ていました。
だから今回も、まずはその病院へ相談しました。
ただ、相談したからといって受け入れてもらえるとは限りません。
父がお世話になった病院以外で思い浮かんだのは、叔父が入院していた療養病院くらいでした。
ただ、その病院は車で一時間ほどかかります。
頻繁に通うには難しい距離でした。
もちろん他にも病院はあったのだと思います。
でも当時の私は、どこにどんな療養病院があるのか知りませんでした。
退院の話は進んでいました。
それなのに転院先は決まっていません。
もし受け入れてもらえなかったらどうしよう。
そんなことばかり考えていました。
だから受け入れの連絡をいただいたときは、本当にほっとしました。
母の行き先が決まった。
それだけで気持ちが軽くなりました。
電話を切ったあともしばらく安心した気持ちが残っていました。
仕事はしていましたが、それまで頭のどこかにあった重たいものが少し軽くなったような気がしました。
転院先が決まるまでは、仕事をしていても気になっていたからです。
しかも転院先は、父がお世話になった病院でした。
私も母も何度も行ったことのある病院でした。
まったく知らない場所ではありませんでした。
母にも事前に話をしていましたが、その病院なら大丈夫だと言っていました。
父がお世話になった病院。
私も母も知っている病院。
だから受け入れが決まったときは、行き先が決まったという安心だけではなく、少し肩の力が抜けたような気持ちになりました。


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