【母の転院を決めた日】リハビリ療養か医療療養か|制度と現実のはざまで考えたこと
こんにちは。秋山紅葉です。
今日もこの小さな記録の場所に立ち寄ってくださり、本当にありがとうございます。
2026年1月28日(水曜日)。
それぞれの暮らしを抱えながら過ごす毎日の中で、こうしてここでつながれていることを、静かにありがたく思っています。
【今日のテーマ:介護】
今日は、
- ① 退院の電話と、父の記憶
- ② 特定医療費(指定難病)制度という現実
- ③ 医療療養という選択
この3つを、少し時間が経った今の気持ちとともに振り返っていきます。
母の救急搬送から始まった入院生活。
思っていたよりも長い時間になりました。
ようやく落ち着いてきたと思った頃、
突然「退院」の話が出ました。
安定していることは良いことです。
でも、退院=在宅に戻るという現実が、
すぐに頭をよぎりました。
そのとき、私の中でいろいろなことが浮かびました。
頼った制度のこと。
そして、転院という選択のこと。
あの日の流れを、
今の自分の感覚で振り返っていきます。
まずは①から振り返ります。
① 退院の電話と、父の記憶

退院の話は、突然でした。
私の携帯に、病院から電話がかかってきました。
仕事中でした。
画面に病院名が表示され、胸がざわっとしました。
電話に出ると、主治医の先生でした。
「全身状態は安定しています。
退院を考えていきましょう。」
それだけでした。
安定しているのは良いことです。
でも、私の頭に浮かんだのは――
「家に戻れるのだろうか」
そして、もっと正直な本音は、
在宅介護は、もう難しいかもしれない、ということでした。
2週間の入院で、母の筋力は明らかに落ちていました。
もともとパーキンソン病で歩行に不安があり、
ここまでくると、歩けない可能性のほうが大きいと感じました。
その瞬間、
頭に浮かんだのは父のことでした。
父も入院のたびに歩けなくなり、
そのたびにリハビリ療養の病院へ転院していました。
そして、
歩行訓練を受け、
最終的には歩ける状態まで回復して自宅に戻ってきました。
私はその流れを、ずっと見てきました。
「入院 → 歩けなくなる → リハビリ → 自宅へ戻る」
それが父の回復のパターンでした。
だから今回も――
母も、あそこなら。
そう思いました。
すぐに病院へ電話をしました。
父がお世話になった病院であることも伝えました。
相談の日を決め、
弟と一緒に向かうことにしました。
受け入れてもらえなかったらどうしよう。
転院ができなければ、
在宅介護は成り立たない。
施設は空いているのか。
費用はどうなるのか。
不安ばかりが頭をよぎっていました。



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