【親の入院体験談】ダブルケア世代のリアル|当日から始まった2週間

介護

【親の入院体験談】ダブルケア世代のリアル|当日から始まった2週間

 

こんにちは。秋山紅葉です。

今日もこの小さな記録の場所に立ち寄ってくださり、本当にありがとうございます。

2026年1月25日(日曜日)。

それぞれの暮らしを抱えながら過ごす毎日の中で、こうしてここでつながれていることを、静かにありがたく思っています。

【今日のテーマ:介護】

今日は、

  • ① 救急搬送という現実、そして入院決定
  • ② 2週間という時間
  • ③ ほっとした気持ちと、これから

この3つを、少し時間が経った今の気持ちとともに振り返っていきます。

親の介護と子育てが重なる「ダブルケア」の中で、突然の入院を経験しました。

前回は、母が救急搬送された日のことを書きました。

あの日の出来事は、今でもはっきり覚えています。

そして今回は、
そのまま当日から始まった入院生活についてです。

入院が決まった瞬間の気持ち。

2週間という時間の重さ。

そして、正直に言えば、少しだけほっとしてしまった自分の本音。

あのときの感情を、
できるだけそのまま残しておきたいと思います。

まずは①から振り返ります。

① 親の体調悪化と救急搬送|入院が決まった日

 

2024年8月12日(月・振替休日)。

救急車を呼ぶ前に、
念のためヘルパーさんが、お願いしているヘルパー会社の責任者の方へ電話をしてくださいました。

母の状況を説明し、
救急車を呼んだほうがいいかどうか確認してくれたのです。

責任者の方も、

「救急車を呼んだほうがいい」

と判断されました。

その結果を聞いて、私が119番しました。

しばらくして、救急車のサイレンが聞こえてきました。

その音を聞いた瞬間、
一気に不安が押し寄せました。

救急車を呼ぶほど体調が悪かったのか。

私は楽観視しすぎていたのではないか。

母は大丈夫か。

このまま最悪の結果にならないだろうか。

胸の奥がざわつきました。

母は救急隊員の方に担架で運ばれ、救急車の中へ。

けれど、救急車はすぐには動きませんでした。

「何をしているのだろう?」

そう思いながら、ただ見ているしかありませんでした。

そのとき、ヘルパー会社の責任者の方が心配して家まで来てくださいました。

まさか、わざわざ来てくださるとは思っていなかったので、本当に驚きました。

ヘルパーさんと責任者の方で、もう一度状況の説明をしてくださっていました。

ヘルパーさんは次の現場があるため、

「行きますね」

と声をかけてくださり、次の利用者さんのもとへ向かわれました。

しばらくして、救急隊員の方が一度救急車から降りてきて、

「かかりつけの病院はありますか?」

と聞かれました。

母には個人のかかりつけ医があります。

ただ、その病院は救急搬送を受け入れていません。

以前、肝臓の数値が引っかかり、大きな総合病院を紹介されたことがありました。

その経緯を伝えたあと、受け入れ先の病院が決まりました。

搬送先は、その総合病院でした。

私は必要なものを持ち、後から病院へ向かいました。

そして、そのまま入院が決まりました。

入院が決まったとき、私は泣きませんでした。

状況を受け止めるのに精一杯だった、というのが正直なところです。

明日から仕事もあります。

この状態で母を家に置いておくことのほうが、正直、不安でした。

だから――
どこかで少し、ほっとしていました。

それが本音です。

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